ふと、以前に販売された「旦那デスノート」を思い出しました。

旦那デスノートは男尊女卑の賜物らしい。

男尊女卑があるからこそ、女性が男性を死ねと言うことが笑いになるのだそうだ。

なるほど、その考えで言うのであれば優位の存在が下位の存在に死ねと言うことは暴力に他ならず下位の存在が優位の存在へ死ねと言うことは笑いになる。

つまり、旦那デスノートは女尊男卑によるものではなく、間違いなく男尊女卑の賜物であり、何よりこの本の内容自体が男尊女卑そのものなのだ。なぜなら、編集に関わった人間が「この本は男尊女卑の世の中だから笑える」と言っているのだから、この本は男尊女卑でなければ面白くない、それを出版するのはこの本を出版した人間が世の女性たちに「貴女達は見下された存在で立場が低い」と言う前提で売り出したものだからだ。

旦那デスノートはおそらく既婚女性向けのものであるが、最も既婚女性を馬鹿にした本である、と言う見方もできるのではないかと思う。

もちろん、この本を購読した方や出版した人たちにそのつもりはないだろう。

しかし、男尊女卑がなければ笑えない本、と言うエンターテイメントにはそう言った見方もある。

私がこんなふうに考えると「変な考え方があるもんだなぁ」だとか「何言ってんだこいつ」と言う意見は当然あるだろうし、自分でもそう思う。

そう感じる文章や思想を書く人は、貴方達が書く文章や思想に同じ感想を抱く可能性が高いのだから、その意見がとるに足らないかどうかは別として「自分が絶対に正しい」と言う思い込みだけは持たずにいて欲しい。

自分の意見や考えが絶対に正しいとは思ってなどいない。多種多様な考えの一つだと考えている。

人は自分が正しいと考えた時が一番攻撃的になるのだとどこかで聞いたことがある。

もし、何かの文章や本を読んではらわたが煮え繰り返る時は、その自分の感じ方を大切にした上で「自分が正しいとは限らない」と言うことを思い出し、過度に攻撃的にならないように気をつけたい。

自分と考えの違う人を論破したところで、得るものなどほとんどないと思うので。